そもそもアホはアホでしょ?


今朝、二つの記事を見付けて年甲斐もなく意見を述べたくなりました。

アホの子を教えるのは楽しかった – はてな匿名ダイアリー

アホの子を教えるのは絶望的に大変だった – モットン店舗.com

「アホの子を教えるのは楽しかった」の方は、
初期の繊細な事で躓いている子(間違えることで叱られる恐怖心など)を取り除いてあげたら
あっという間に吸収していったというお話。

「アホの子を教えるのは絶望的に大変だった」の方は、何度教えても理解できないアホはいる。
そういうのにあたると絶望的だというお話。

こういうの好きです。
少し僕の見解を述べさせてください。

ちなみに僕は教師ではありません。
ただ、プログラマーとして、数人プログラマーを育成してきたのでその視点でご説明します。

アホの範囲

大前提として共通の言語で会話できる相手を対象とします。
日本語がしゃべれないからといって外国人をアホというのは誤りですし、
意思疎通ができるからといって、人間以外の動物まで議論するのは無謀です。

それ以前に何でもかんでもアホというのは、さすがにアホに失礼というもの。
そこでアホの上限と下限を設定したいと思います。

アホの下限値

まず、アホの下限値として「コミュニケーションが取れること」とします。
さすがに言葉も通じない相手には教えられません。

ただ、「コミュニケーションが取れること」を前提とすると「コミュ障くん」をどうするかが難しくなります。
コミュ障くんは、日常会話に支障があるので悩ましいところです。

まぁ、システム屋としてイレギュラーを認めると仕様が複雑になるので、
コミュ障はアホ枠から外すことにしたいと思います。
エンジニアたるもの「捨てる決断」も大事です。

とりあえず、コミュ障はアホ以外の何かということでクローズにします。
何か日本語っぽいことをしゃべる生き物くらいにしておきましょう。

何はともあれ「日本語でコミュニケーションが取れること」をアホの下限値とします。

アホの上限値

どのレベルの頭の良さまでをアホとして許容するか。
これはかなり難しい問題です。
悪い方は良く目につくので記憶に残るのですが良い方は中々記憶に残りません。

なので、歴史上の人物で検討していきたいと思います。

例えばこんなのはどうでしょう。
「アインシュタイン」は文字がうまく書けなかった(鏡文字)と言いますし、
「エジソン」は空を飛ぼうと人にガスを入れて人を殺しかけますし、
我が国の代表「織田信長」も父親の葬式で灰を投げつける「うつけもの」です。

なかなかうってつけですね。

しかしさすが大物。アホと言っているこちらが完全にアホです。
とはいえ、当時はアホ扱いだったでしょうし、この辺がアホの限界でしょうか。

アホの上限値は信長やアインシュタイン。
青天井ですね。

アホに教えるということ

アホの上限と下限が大体定まった(?)ところで、
アホに教えるということについて、少し掘り下げてみたいと思います。

逸材のアホに教えるということ

「うつけ」と呼ばれていたので、信長がアホであることは明確です。

アホの信長の教育係であった平手政秀は
信長の素行の悪さを戒めるために自刃したと言われています。
ホントかどうかは知りませんが。

それをきっかけに信長は素行を改め、天下への道を駆け上がることになりますが、
別に平手政秀が自刃しなくても結果は一緒ではないかという気がします。
くすぶっている時期に化けるきっかけを与え、
より多くの時間を確保した功績は大きいと思いますが、
遅かれ早かれ本人の力で化けたことでしょう。
教師の功績というより本人のポテンシャルの気がします。

無駄死にですね。

逸材のアホに教えるということ(学生)

アホに教えるのは楽しいとおっしゃっている方もこのアホに出会われたのだと思います。
単に勉強量不足で、ある程度の時間をかければ標準までできるようになります。
苦手意識のあるものからは自然と距離を置き始めますし、その距離を縮めたのは素晴らしいと思います。
時間も限られていますし、場合によっては一生苦手なままだったかもしれません。

また、学生の一秒は社会人になってからのものの何倍もの価値があります。
その若者に、より早く化けるきっかけを与えた功績は大きいと思います。
誇ってください。

とはいえ、ちゃんと問題意識があって家庭教師を雇っているので、
教師が誰であっても、遅かれ早かれその子は同じ位置まで辿り着いたことだと思います。
まぁ、人の人生に影響を与える人なんて、そもそもあまりいません。

逸材のアホに教えるということ(社会人)

一方、社会人のアホ。
逸材といえど早熟と晩成がいます。
早熟の子は新人教育の数カ月でぐんぐん伸びていきます。
すぐに天狗になって止まってくれるので、大した事はありません。

一方晩成の子は、一年やそこいらでは芽が出なかったりします。
クソ忙しい中はっきり言って面倒です。
しかし、自分の仕事を楽にするため、
何とか心が折れないようにケアしながら気長に教えます。

ただ、ある日を境に大化けし、育てた恩も忘れて僕の脅威となります。
あの時、潰しておけば・・。

まぁ、教えるといっても「Googleで検索しろ。それが全てだ。」と繰り返すだけですが。

アホ未満の何かに教えるということ

一方「コミュ障」は除外しましたが「コミュ障」を化けさせることができればそれは教育者の鑑ですね。
何度教えても「わかった」という癖に理解できていないなんて
「できていない」のに「できた」という部下と同じ位クソです。
脳の障害を疑います。

とはいえ、「コミュニケーションが取れること」をアホの前提としたので
その程度のコミュニケーションが取れないやつは「アホ」以外の何かです。
ひょっとしたら人のように見えるチンパンジーかも知れません。
僕はチンパンジーにアホとは言いません。

「アホの子を教えるのは絶望的に大変だった」とおっしゃる方は、このパターンにハマってしまったのでしょう。
それはそれは大変ですね。
心中お察しします。

まとめ

グダグダと書いてしまいましたが成長するやつは勝手に成長しますし、
駄目なやつは何をやってもダメです。

僕も「どんな人間でも僕が教えればちゃんと育つ」と考えていた時期がありました。
ただ、それは誤りで「ちゃんと育った子」は最初から頭の良い子でした。
単に部下(教え子)に恵まれただけ。

その後、うまく行った方法を必勝パターンだと思い込み、僕は何人もの部下をつぶしました。

まぁ、人をアホと言っている人間が一番アホということです。
もっとも、こんな文章に6時間もかけてる僕は本物のアホですが。

おわり


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