人間は習慣の生き物である

何かを変化させるには説明や説得が大変です。
冬休中、無精でひげを伸ばしていたのですが、剃るのが面倒でひげのまま会社に行きたくなりました。
「何で?」と聞かれるのがイヤで剃ってしまいましたが。

仕様を変更します → 何で?
髪を切りました → 何で?
会社をやめたい → 何で?
別れたい → 何で?
キャンセルしたい → 何で?
ひげを伸ばし始めました → 何で?
問題が発生しました → 何で?

変化には理由がいります。

人間は理性の生き物でもなければ、本能の生き物でもない。
人間は習慣の生き物である。
(米国の哲学者・思想家 ジョン・デューイ)

Microsoftは何でOS毎にインターフェースをあんなに変更できるんでしょうかね。


時として理解できない事を理解できない人に説明しないといけないことがあります。

僕も昔やらかしました。
学生時代、お付き合いしている女性から「別れたい」と切り出され
「何で?悪いところがあるなら直すから」と。
しょぼいですね。消したい過去の一つです。

その人は「私が悪いの。あなたはあなただから。」の一点張り。
断り方としては天才的ですね。
何か説明すると余計な提案が返ってきます。
「別れることがゴール」と「別れないことがゴール」では絶対に折り合いません。

決まってしまった女性の気持ちは、まず変わないと知るべきでした。
仮に説得できてもすぐに同じ壁にぶつかり結果は同じです。

愚かなことに食い下がり、
相手にどれだけのトラウマを植え付けてしまったことか・・・。

結局フラれた理由はわかりません。
どういう理由であったとしても、例え理由がなくても別れる権利はあるというのに。
一人目の恋人以降「別れる理由」を聞くのはやめました。


僕は変化させるのが嫌いです。正確ではありませんね。
変化させる理由を説明するのが嫌いです。

何十人も会議室に集めて業務フローの変化や仕様変更を説明します。
「何でそんなことするのか?」の質問攻めです。
あーやだやだ。

何の関係もない人にまで説明しないといけません。
あなたにとって何の影響もないでしょうに。

現状とあるべき姿、問題と課題

こんなものをいくら並べたところでいちゃもんはいくらでも付けられます。

まず、誰も肯定しません。
精々「イイんじゃない?」と疑問形です。

一方否定は簡単です。
仮にうまく行ったら

俺は最初からうまく行くと思っていた。
君には期待していた。
少し厳しく言ったが君のためを思って言ったことだ。

といえば良いだけですので。
マンスプレイニング(←最近覚えた言葉)


話は変わりますが、取引先に出向いて作業していた時、そこの副社長が電話で怒鳴っていました。
正確な文言は忘れてしまいましたが

何故、あなたに理解させるために説明しないといけないか?
時間を割いてあなたのための資料を作成しろと言っているのか?
私の使った時間に対してあなたは対価を支払ってくれるのか?

といった内容のものでした。

僕はカッコいいと感じてしまいました。
同時に対価を支払わず、安易に相手に理由を求めてしまっていた自分を恥じた瞬間でもありました。


変化は往々にして人を豊かにします。
説明や説得が大変だからやらないっていうのは、いささかもったいないですね。

とはいえ、僕も習慣の生き物で人のことは言えません。
固定電話→携帯電話に切り替えたのは学生時代僕が一番遅かったですし、
未だにLINEはやっていません。

じゃあ、どうすべきか?僕もわかりません。

今のところ説明は見た目を強調することにしています。
「大きい」「数が多い」「カッコいい」は、みんな好きっぽいです。

人間は習慣の生き物である

いずれにせよ、変化には鉄の心臓が必要です。

おわり

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