ソフトウェアの早い・うまい・安い – 品質の認識を変えるべきでは?

品質というと何を思い浮かべますか?
自分の使うものと考えると色んな品質を思い浮かべます。
見た目、使いやすさ、丈夫さ、拡張のしやすさ・・・。

ソフトウェアの品質というと色んな定義があります。
僕も品質特性や品質副特性を空で言えるわけではありません。

しかし作る側の立場になると品質は不具合の少なさばかりに目が行きます。
そうじゃないと理屈ではわかってるんですけどね。
わかりやすい不具合がいつも議論されます。


昨今、不具合を含んだままリリースされるソフトウェアは数多く存在します。
その後、繰り返しのアップデートで改善されていきます。
更新されないソフトウェアはいくら不具合がなくてもすぐに陳腐化し飽きられてしまいます。

もちろん命に関わる仕組みは不具合なんて許されません。
ソフトウェアの暴走で人が怪我したり死んだりしたらそれこそ大問題です。

しかし、近年安全性という面においても少しコストと天秤にかけられるキライがあります。
今はコロナで苦しいですが、LCC(ローコストキャリア)、格安航空ですね。
命のかかった飛行機ですらコストと天秤にかける時代です。
格安航空は十分に安全という主張もあるかもしれませんが、
燃費のため最小限の燃料で飛ぶことが安全と僕は思えません。
とはいえ僕も格安航空をよく利用します。

数年前トヨタ自動車のブレーキに違和感で大量のリコールが発生しました。
確かに危ない。しかし、お金を節約するために違和感だらけの中古車を買う人もいます。
ぶつけたりこすったりしたボロボロの自動車を何年も乗り続ける人もいます。
僕もそのクチです。これも安全性とコストを天秤にかけている例だと思います。


一般に、品質品質と言いながら「不具合率」を言うケースが多いように感じます。
もちろん品質に関する専門的な教育を受けた方からは反論を受けるでしょう。
しかし、多くの開発者にとって細かい品質の違いは測定できず目につく不具合が気になります。

狩野モデル – Wikipediaに「魅力品質」「一元的品質」「当たり前品質」「無関心品質」「逆品質」という言葉があります。

日本科学技術連盟のホームページより抜粋

不具合を減らすということは一元的品質にあたるでしょうか。
リリースのスピードや更新の頻度などは魅力的品質として世の中に受け入れられていると感じます。
ソフトウェア開発を含めものづくりに関わる人は少し広い視野で品質について考えてみると良いかもしれません。
ユーザーは自分にとって魅力的であれば多少の不具合は気にしない時代がきています。


安全性を捨てろとは言いませんが
すべての不具合を取り去ることにやっきにならず、
魅力的品質の向上に努めていただきたいと感じる今日この頃です。

すべての不具合を取り去ろうとするとパレートの法則 – Wikipediaのジレンマにハマります。

仕事の成果の8割は、費やした時間全体のうちの2割の時間で生み出している。

精々100%(不具合ゼロ)を目指して頑張ってください。
時間をかけて不具合消す間にどんどん魅力は落ちていると思いますけどね。

ソフトウェアの早い・うまい・安い – 品質の認識を変えるべきでは?

おわり

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